推定から検定へ進む前に
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情報幾何から検定へ前の記事では、確率分布を点として見る話をしました。
情報幾何学では、確率分布の集まりを多様体として見ます。点があり、座標があり、接ベクトルがあり、Fisher 計量というものさしがあります。
この見方は、検定を理解するときにも役に立ちます。
ただし、いきなり検定に入ると混乱しやすいです。
なぜなら、検定には「推定」とよく似ている部分と、まったく違う部分があるからです。
この記事では、検定そのものに入る前に、次の流れを整理します。
- 推定は、データに合う分布を選ぶこと。
- 検定は、ある仮説のもとでデータがどれくらい珍しいかを見ること。
- 統計量は、データを 1 つの数に要約したもの。
- p 値は、仮説が正しいとしたときの珍しさを表すもの。
- 検定は、真偽を直接決める魔法ではない。
ここを押さえると、次に収束、尤度比検定、Fisher 計量の話へ進みやすくなります。
推定は「どの分布が一番合うか」を探す
まず、推定から見ます。
コインを 10 回投げて、表が 8 回出たとします。
このとき、表が出る確率 はどれくらいだと考えるのが自然でしょうか。
本当の はわかりません。わかっているのは、実際に観測されたデータだけです。
だから推定では、データを見て「たぶんこのあたりの分布だろう」と選びます。
情報幾何学の言葉で言えば、推定は「確率分布の空間の中から、データに一番合う点を選ぶこと」です。
最尤推定は「データを一番自然に説明する分布」を選ぶ
推定の代表例が最尤推定です。
最尤推定は、観測されたデータが一番出やすくなるようなパラメータを選びます。
たとえば Bernoulli 分布では、 を決めるとコイン投げの分布が決まります。
データが「表 8 回、裏 2 回」だったとき、 はかなり自然です。逆に は不自然です。表が 8 回も出ることを説明しにくいからです。
この「データをどれくらい自然に説明できるか」を尤度と呼びます。
尤度を と書くと、最尤推定は次のように書けます。
読み方は、「尤度 が一番大きくなる を選ぶ」です。
実務では、尤度そのものより対数尤度を使うことが多いです。
log を取ると、掛け算が足し算になり、計算しやすくなります。
検定は「その仮説のままでよいか」を疑う
推定は、データに合う点を選ぶ話でした。
検定は少し違います。
検定では、最初に仮説を置きます。
たとえば、
という仮説を考えます。
は帰無仮説と呼ばれます。ここでは「このコインは普通のコインである」という仮説です。
そして、データを見ます。
もし 10 回投げて表が 5 回なら、 という仮説はかなり自然です。
でも、10 回投げて表が 10 回ならどうでしょうか。
「本当に普通のコインなのか」と疑いたくなります。
検定は、この疑い方を数学的に整理する方法です。
大事なのは、検定は「仮説が正しいかどうかを直接見る」方法ではないということです。
検定で見るのは、
「もし仮説 が正しいとしたら、今のようなデータはどれくらい珍しいか」
です。
帰無仮説と対立仮説
検定では、ふつう 2 つの仮説を置きます。
ひとつは帰無仮説 です。
もうひとつは対立仮説 です。
コインの例なら、次のように置けます。
は「普通のコイン」です。
は「普通のコインではない」です。
片側だけを見たいなら、
のように置くこともあります。これは「表が出やすいコインではないか」を調べる検定です。
検定では、まず を基準にします。
そして、 のもとではかなり珍しいデータが出たら、 を疑います。
この「疑う」という言葉が大事です。
検定は、 が絶対に間違っていると証明するものではありません。 を前提にするとデータが不自然に見える、という判断をするものです。
統計量は、データを 1 つの数に要約する
検定では、データそのものをそのまま全部見るのではなく、統計量を使います。
コインを 10 回投げたなら、表の回数
が統計量になります。
表の割合
も統計量です。
平均、分散、相関係数、回帰係数、尤度比なども統計量です。
統計量を使う理由は、データの中で検定に必要な情報を要約したいからです。
たとえば「コインが普通かどうか」を見たいなら、表が何回出たかが重要です。1 回目に表が出たか、2 回目に裏が出たかという順番は、今回の検定ではそこまで重要ではありません。
このように、検定では問いに合わせて統計量を選びます。
標本分布は「統計量がどう揺れるか」を表す
ここから少し大事です。
統計量は、データから計算されます。
でも、データは毎回変わります。
同じ普通のコインを 10 回投げても、表が 5 回出ることもあれば、6 回出ることもあります。たまたま 8 回出ることもあります。
つまり、統計量も毎回変わります。
この「統計量がどう揺れるか」を表す分布を標本分布と呼びます。
検定では、帰無仮説 のもとで統計量がどう分布するかを考えます。
たとえば のもとで、10 回中の表の回数 は二項分布に従います。
この分布を使うと、「普通のコインなら、表が 8 回以上出ることはどれくらい珍しいか」を計算できます。
検定は、この標本分布を見て判断します。
普通のコインを 20 回投げたときの揺れ
帰無仮説 p = 0.5 のもとで、表の回数がどれくらい揺れるかを見ると、p 値の直感が作れます。
p 値は「仮説のもとでの珍しさ」
p 値は、検定でよく誤解される言葉です。
コインの例で、 とします。
10 回中、表が 10 回出たとします。
普通のコインでも、表が 10 回連続で出ることはありえます。でも、かなり珍しいです。
この珍しさを数にしたものが p 値です。
ここで注意が必要です。
この違いを間違えると、検定の読み方がかなり危うくなります。
コイン検定を手で動かす
値を動かして、検定統計量・p 値・標準誤差・情報量の見え方を確認できます。
有意水準は「どれくらい珍しければ疑うか」の線
検定では、有意水準 を決めることがあります。
よく使われるのは、
です。
これは、「帰無仮説が正しいのに、たまたま珍しいデータが出たせいで帰無仮説を疑ってしまう確率を、5% くらいまで許す」という基準です。
p 値が より小さいとき、帰無仮説を棄却します。
このとき「統計的に有意」と言います。
ただし、有意だからといって、効果が大きいとは限りません。
データ数が非常に多いと、とても小さな差でも有意になることがあります。
逆に、有意でないからといって、効果が存在しないと証明されたわけでもありません。データが少なすぎて見えていないだけかもしれません。
第 1 種の誤りと第 2 種の誤り
検定には、2 種類の間違いがあります。
第 1 種の誤りは、帰無仮説が本当は正しいのに棄却してしまうことです。
普通のコインなのに、「このコインは普通ではない」と判断してしまうような失敗です。
第 2 種の誤りは、帰無仮説が本当は間違っているのに棄却できないことです。
本当は偏ったコインなのに、「普通のコインではないとは言えない」と判断してしまうような失敗です。
有意水準 は、主に第 1 種の誤りを制御します。
一方、第 2 種の誤りを小さくするには、データ数、効果の大きさ、検定方法の設計が関係します。
ここも大事です。
検定は、間違いをゼロにする方法ではありません。
どの種類の間違いをどれくらい許すかを決めながら、データから判断する方法です。
推定と検定の違い
推定と検定の違いをまとめます。
| 見方 | 推定 | 検定 |
|---|---|---|
| 問い | どの分布がデータに合うか | この仮説のままでよいか |
| 出力 | 推定値、信頼区間 | p 値、棄却するかどうか |
| 基準 | 尤度や損失 | 帰無仮説のもとでの珍しさ |
| 幾何学的な見方 | データに近い点を探す | 仮説の部分空間からデータがどれくらい離れているかを見る |
推定は「一番よさそうな点を選ぶ」話です。
検定は「指定された点や部分空間から見て、データがどれくらい不自然か」を見る話です。
この違いを意識しておくと、次の収束や尤度比検定の話がかなり読みやすくなります。
検定を情報幾何で見る準備
情報幾何学の言葉に戻ります。
確率モデルは、確率分布の空間の中にある多様体です。
最尤推定は、その多様体の上でデータに一番合う点を選びます。
一方、帰無仮説は、その多様体の中のさらに小さな部分として見ることがあります。
たとえば、
なら、Bernoulli 分布の空間の中の 1 点です。
もっと複雑なモデルでは、帰無仮説は 1 点ではなく、低次元の部分空間になります。
検定では、次の 2 つを比べます。
- 帰無仮説の範囲内で、データに一番合う分布。
- もっと自由な範囲で、データに一番合う分布。
この 2 つがほとんど同じなら、帰無仮説を疑う理由は弱いです。
大きく違うなら、帰無仮説だけではデータを説明しにくいかもしれません。
この比較を尤度で行う代表的な方法が、尤度比検定です。
そして、尤度比検定を局所的に見ると、Fisher 計量や 分布が出てきます。そのためには、「推定量が点として近づく」のか、「統計量の分布が近づく」のかを分けておく必要があります。
ここで、前の記事の内容が効いてきます。
- 確率分布は点である。
- モデルは分布の空間の中の多様体である。
- Fisher 計量は分布の自然なものさしである。
- 検定は、仮説が作る部分空間とデータに合う点を比べる。
次の記事では、この流れで収束の違いを整理します。
今日のまとめ
推定は、データに合う確率分布を選ぶことです。
検定は、帰無仮説が正しいとしたときに、今のデータがどれくらい珍しいかを見ることです。
統計量は、データを検定に必要な形へ要約したものです。
p 値は、帰無仮説のもとでの珍しさです。帰無仮説が正しい確率ではありません。
情報幾何学の言葉では、推定は確率分布の空間で点を選ぶ話です。検定は、仮説が作る点や部分空間から見て、データがどれくらい離れているかを見る話です。
この見方を持っておくと、尤度比検定、Fisher 計量、 近似が同じ地図の上に乗ってきます。
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